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愛すべき愛たち

左アングルからの世界

アイドルという人間 人間というアイドル

 私はジャニーズとハロー!プロジェクトが大好きな所謂クソDDドルヲタだ。多くのアイドルを応援することは喜びや楽しみが増える半面、悲しみや辛さも一気に押し寄せる。これまで数多くのアイドルが卒業や脱退、退所をしていった。そのたびにいつも心に浮かんでくる感情がある。一つが「裏切り」、もう一つが「同情」だ。この相反する二つの気持ちが自然発生的に生まれる。

アイドルにはアイドルとして存在していてほしい。そう強く願うことの何がいけないのか。アイドルの夢はアイドルになることではないのか。彼らは今まさにアイドルという夢の最中にいるではないか。自分の中で裏切りの感情の部分がわあわあと叫ぶ。相反して、同情を感じている私が顔を出す。アイドルにだって彼らなりの人生がある。それを叶えようとして何が悪いのか。自分の大好きな担当・推しだから全て肯定してあげたらどうか。一度きりの人生なのだから応援してあげたらどうか、と。

 

違う。本当はそういうことじゃない。新たな人生を歩むアイドルを応援できるとかできないとかそういう話じゃない。本当は、置いて行かれた気がするから、自分ばかりが取り残された気になるから、それが嫌なのだ。本当に心の底から好きで、彼らの知らない顔なんて一つもなくて、アイドルである姿しか存在しないのではないかと思い込んで、結局アイドル本人から突きつけられてしまう。アイドルである姿が特別なのだと、本当は他にやりたいことがあるのだと、いつかは見切りをつける世界に身を置いているのだと。

 

 

 

アイドルを応援するとは一体なんなのだろうか。

「応援」という言葉で、「好きだ」という思いで、アイドルという名の鎖に彼らを半永久的に縛り続けることなのだろうか。

 

アイドルが卒業するとは一体何なのだろうか。

女優になりたいという言葉で、学業を優先したいという言葉で、将来の夢を叶えたいという言葉で、あるいはアイドルの名前が公式HPから削除されることで、アイドルはアイドルである以前に人間であるのだと、アイドルという名の人間に、無残にも突きつけられることなのだろうか。

 

 

 

きっとわたしは、アイドルは人間である前にアイドルだと思い込んでしまうのだ。だからアイドルを辞めることは「裏切り」だと、卑怯だと、置いていかないでくれ、いつまでもキラキラと輝いてくれと、必死に駄々をこねる。無我夢中で離れていく彼らの後ろ髪を掴もうとする。彼らがどれだけ苦しい思いをして、辛い日々の練習を乗り越えて、10代という人生で最も楽しく充実した学生生活を送れるであろう時間を削りステージに立て続けていることも知らないで。

 

 

 

それでも私は今日もアイドルの応援をする。アイドルは人間である前にアイドルなのだと思い込み続ける。また、現実を突きつけられるまで。